主要農作物種子法の廃止

主要農作物種子法(種子法)

 「主要農作物種子法(種子法)」
種子法廃止で日本農業ピンチ! 外国企業による“種子支配”の恐怖
2017.6.23 11:30週刊朝日
不安視される種子法が廃止された後の未来(週刊朝日 2017年6月30日号より)
不安視される種子法が廃止された後の未来(週刊朝日 2017年6月30日号より)

 この流れが決まったのが、昨年10月に開かれた政府の規制改革推進会議の農業ワーキング・グループの会議だ。同会議は「民間の品種開発意欲を阻害している主要農作物種子法は廃止する」と提起。今年2月に種子法の廃止が閣議決定された。
 なぜ、日本の農業を支えてきた法律が大きな議論もなく廃止されたのか。そこで関係者の間で指摘されているのが、TPP(環太平洋経済連携協定)との関係だ。前出の山田氏は「種子法の廃止は、日本がTPPに対応するための制度変更の一つにすぎない」と話す。
 実は、TPPには協定文とは別に日米二国間で交わした交換文書(サイドレター)がある。そこには「政府は規制改革会議の提言に従って必要な措置をとる」と明記されている。
 今回は、この文書のとおりに事が進んだ。トランプ大統領はTPPからの離脱を表明し、現在は日米自由貿易協定(FTA)の交渉を求めているが、サイドレターの効力は生きている。昨年12月の国会でサイドレターについて問われた岸田文雄外相は「我が国が自主的にタイミングを考え、実施していくことになる」と答弁しているからだ。
「韓国は、米韓FTAの締結によって200本の国内法を変更しました。TPP協定を批准した日本も同じことを求められる」(山田氏)
 メキシコでは、同国原産のトウモロコシを元に米国企業がGM種子を開発・普及し、今では地域ごとに代々継承されてきた種子が失われつつある。多様性に富んでいたメキシコのトウモロコシは、食卓から消えた。日本では主食用で作られているコメだけで200品種以上あるが、今後、メキシコと同じことが起きないとは限らない。
 種子法廃止を不安視する声が相次ぎ、参院の農林水産委員会で種子生産の予算確保や、外資による種子独占の防止などを求める付帯決議が採択された。
 種子法が廃止された直後に大きな変化が起きる可能性は低いだろう。しかし、「長期的には不透明」(西川教授)だ。
 種子の大切さを訴えたデンマークの研究者ベント・スコウマンは、亡くなる前にこんな言葉を遺した。
「種子が消えれば食べ物も消える。そして君も」
 前出の西川教授は言う。
「種子は、太陽や土、水と同じように農業にとって大切な資源。日本人は、自らの食べ物をどう守るのか。それが問われている」
※週刊朝日  2017年6月30日号

日本の豊かな食文化を守ってきた種子法を廃止してどうする
西川芳昭氏(龍谷大学経済学部教授).マル激トーク・オン・ディマンド 第836回(2017年4月15日).
 われわれが食べる食料のほとんどは、必ずといっていいほど、種から作られている。そして、それぞれの国が保有する種には、その国が育んできた食の文化や歴史が凝縮されている。その意味で種は各国の食の根幹を成すものといっても過言ではないだろう。
 ところが安倍政権は、これまで日本の種子市場、とりわけ米、小麦、大豆といった主要農産物の種子市場を法的に保護してきた「主要農作物種子法」を、今国会で廃止しようというのだ。
 戦後の食糧難のさなかにあった1952年に制定された主要農作物種子法は、その後の日本の食料の安定供給に重要な役割を担ってきた法律で、米、麦、大豆などの種を都道府県が管理し、地元の農家に安定的に提供することを義務づけている。この法律に基づいて、日本では国から各都道府県にそのための予算が配分され、地域の農業試験場などがそれぞれの地域の気候や地形、嗜好にあった独自のブランド米を開発し、その種子を地元の農家に安価で供給してきた。
 それは日本に豊かな食文化をもたらし、各都道府県によって種子の管理・供給が保証されているからこそ、地域の農家は安心して穀物の生産に従事することができた。
 ところが政府は種子法が民間の種子市場への参入を妨げているとして、種子法を廃止することで民間の参入を促し、農業の効率化を促進したいとしている。
 種子は農業や食料の根幹を成すものであるからこそ、もし民間の参入によって種子市場がより活性化し、ひいては日本の農業の競争力強化につながるのであれば、そのような施策は歓迎すべきものかもしれない。しかし、こと種子に関しては、保護を撤廃して市場を民間に開放すれば効率化が図れるというのは、種子市場の実情を知らない素人の机上の空論に過ぎないとの指摘が、多くの専門家からあがっている。
 そればかりか種子法を廃止することで、これまで日本人の主食である米や麦、大豆などの種子の安定供給を行ってきた都道府県がその役割を果たせなくなり、結果的に日本の豊かな食文化が失われるばかりか、日本の主要な農作物の生産が、世界規模で事業を転換する多国籍企業の支配下に置かれることにもなりかねないとの懸念まで出ているのだ。
 そもそも種子市場は1986年の種子法改正によって、すでに民間の参入が可能になっている。それでも、これまで民間企業が主要作物の種子市場に参入してこなかったのは、それほど大きな利益が望めないからだったに過ぎないと、龍谷大学経済学部教授で種子問題に詳しい西川芳昭教授は指摘する。
 国土が南北に細長く、地形も山間地や中山間地、平野部など多岐にわたる日本では、異なる気候の下で、あきたこまちやコシヒカリといったブランド米から地域固有の希少米まで、それぞれの地域の気候や嗜好に合った米や麦が開発され、地域で消費されてきた。種子法に基づいてそれを担ってきたのが各都道府県だった。コシヒカリなどの一部の例外を除き、一つひとつのブランド米の市場は決して大きくないため、民間企業にとっては利益が望める市場ではなかったことが、種子市場への民間の参入が進まなかった本当の理由であり、種子法が民間の参入を妨げていたという政府の主張は間違っていると西川氏は言う。
 では、今、種子法の廃止を急ぐ政府の真意は、どこにあるのだろうか。
 実は種子法の廃止法案と並び、今国会では、農業改革法案と称して合計で8つの法案が審議されているが、それらはいずれも「総合的なTPP関連政策大綱」の一環として首相官邸に設置された規制改革推進会議の後押しを受け、TPPありきの改革法案として議論がスタートしたものだ。
 アメリカでトランプ大統領がTPP離脱を表明したことで、TPPそのものは宙に浮いてしまったが、なぜか日本ではTPPの成立を前提として策定された法案や施策が、今も粛々と審議され推進されているという、何とも気持ちの悪い状態が続いているのだ。
 果たして日本はこのままTPPありきの規制改革を進めてしまって、本当に大丈夫なのだろうか。いや、そもそもTPPが消滅しているにもかかわらず、誰がTPPの要求を満たすための法律整備を推し進めているのだろうか。
 「政府は時代状況が変わったので法律を変える」というが、時代の状況が具体的にどのように変わったのかについての十分な議論もないまま、改革が推進されていることに違和感を覚えると西川氏は指摘する。そればかりか、種子法を廃止して外資系企業を入ってくることで、逆に行政が日本の食料安全保障を守る責任を放棄してしまうことにつながる危険性が懸念されているのだ。
 種子法廃止によって日本はどのようなリスクを抱えることになるのか。種子法の廃止によって、そもそも政府が喧伝するようなメリットは本当にあるのか。一体、誰が何のために種子法の廃止を進めようとしているのか。
 「タネは戦略物資であり、軍艦を持っているよりタネをもっている方が強いというくらい大事なもの」と語る種子の専門家の西川氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

西川 芳昭(にしかわ よしあき)
龍谷大学経済学部教授
1960年奈良県生まれ。1984年京都大学農学部卒業。90年連合王国バーミンガム大学大学院公共政策研究科修了。2003年東京大学農学生命科学研究科にて博士(農学)取得。農林水産省経済局、久留米大学助教授、名古屋大学教授などを経て13年より現職。著書に『生物多様性を育む食と農』、共著に『奪われる種子・守られる種子‐食料・農業を支える生物多様性の未来』など